風の街

「風の街」



2002年の2月。
私は小学校に盲導犬の話しをするために帰省しました。
そのときのほんの一こまですが、よろしかったら読んでください。

1. 峠を超えると


特急電車を降りたのはほんの数人だろうか。
ほとんどの乗客が途中の伊東や熱川、稲取などで降りていった。
河津でも早咲きの桜を見るために多くの乗客が降りていったようだ

私とケイルが降りたのは蓮台寺という駅。下田のひとつ前の駅。
風が少し吹いていた。
特急電車が停まるにはちょっと寂しい駅。
駅前にはお店はほとんどなく、タクシーも止まっていない。

私の家はこの駅からバスで45分。
半島の東海岸から西海岸へと峠をひとつ超える。
風の強さはマブカニ帽子をかぶっていれば飛ばされないぐらいだろうか。
ここでこれぐらいの風ということは田舎は数倍の風が吹いているだろう。
私の田舎は西伊豆で風が強いところで有名なところである。

ホームから階段を降りて暖房の効いた待合室に入る。
駅員がバス停まで案内してくれた。
数人の人がバスを待っている気配がする。
バスは10分ほどでやってきた。
行き先を確認して私とケイルはバスに乗った。
揺れの少ない中間あたりに座ることにする。
空いているので二つの座席を使いケイルをダウンさせた。
ちょっと狭いが、空いているので他の乗客に迷惑はならないだろう。
やがて乗客を乗せてバスは走り出す。
特急バスなので途中の停留所はほんの二つ。
また田舎なので信号機はほとんどなくノンストップでバスは走る。
河を右に左に見ながら山に向かって徐々に登っていく。
一つ目のバス停は乗る人も降りる人もいなくそのまま通りすぎる。
この道は子供の時から何度も車で走っている。
また自分で運転ができるようになってからも何度も往復している。
そのためカーブのひとつひとつをなんとなく体が覚えているものだ。
バスの動きでどの当たりかを想像しながら時間をつぶす。
峠を超えるためいくつものカーブを曲がりながら山を上っていった。

峠には200メートルぐらいの短いトンネルがある。
このトンネルを過ぎると実家の町に入る。
トンネルに入ったのは車の音がトンネルに反射して容易にわかる。
バスがトンネルを抜けたとたん、すごい風の音がしてバスがフラット揺れた。
とてもすごい風だ。予想どおりこちらはすごい風が吹いている。
バスが走る時に聞こえる風とは違う風の音が断続的に襲い掛かってくる。
大きな風の音がするたびにバスは揺れる。
ハンドルも取られるようだ。
道は山間の川沿いの道を走る。風の通り道にもなっているのだろう。
長いことこの町に住んでいたのでこれぐらいの風は何度も経験している。

途中の温泉の入り口のバス停で何人かがバスを降りた。
観光客だろうか?
もともと乗客の少なかった車内は更に静かになった。
しかしまだ数人の乗客が乗っているようだ。
私と同じバス停で降りるのかな。
それともバスの終点である堂ヶ島で降りる観光客だろうか。

バスは山道を過ぎて町に下りてきた。
私の町は山と山と海に囲まれて、人口は1万人に満たない小さい町。
町の中心を河が流れていてその道をバスが海の方に向かって走る。
河の両側には桜が植えてあり、時期になるとみごとな風景を作ってくれる。
桜の季節にはまだ早い。
その河と道を囲むように水田が広がる。
集落は山にへばりつくように並んでいる。
それが下に下りてくるにしたがって徐々に広がってくる。
街に下りると水田はなくなり町並みだけになる。
バスは国道にぶつかり河を背にするように右に曲がり、私が降りる停留所に向かう。
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2. 風の街

私とケイルがバスを降りると、とたんに風が襲ってきた。
まるで私立ちを待ち構えていたように。

バス停から商店街の600メートルぐらい歩けば、私の実家になる。
目が悪くなってから20年近く経つがそこは長年暮らした町である。
路地はもちろん家もあまり変わっていない。目をつぶってもいけるのだ。
商店街は昔の国道に並んでいる。
人口が少なくなり、景気も悪くなっているのでお店を閉めているところも多い。
バス停から通りに出て右に向かう。
しかし通りはまず海に向かっている。猛烈な風に向かって歩かなければならない。
顔に海岸から舞い上げられた砂粒と海水が当たる。
目をつぶり、顔を下げて頭から風に向かう。
ここは街中なのでまだよい。海岸はもっとすごい風がたたきつけているだろう。
何度か風に足を止められ、ふらつきながらも曲がり角らしきところで停まった。
歩道がないので交差点かどうかは車の音が頼りになる。
車の音を確かめたいが風の音が邪魔をしてよく聞き取れない。
風と一緒に車も音も飛んでいくようだ。
そこはT字路になっていてマッスグ行くか左に曲がるか。
マッスグ行けば突き当たりが海。
私の行くべき道は左。
左に行く道がメインなのでほとんどの車はここを曲がる。
車の音を確認して曲がった。いや曲がったつもりでいた。
実際は曲がっていなくてまっすぐ行ってしまったようだ。
たぶん角あたりで強い風をやり過ごすために後ろを向いたり、風によろめいたりしたときに方向が変わったのだろう。
風に向かって歩いたのだが通りを歩くのも風に向かうので勘違いだ。
しだいに強くなる風。
しかし周りの状況がまったく入ってこないのでなかなか気がつかない。
やがてスロープが現れた。
覚えのあるスロープだ。この坂は海に向かっている坂。
私とケイルがこの町に帰ってきたときの散歩のコースだ。
つまり悪条件が二つ重なったのだった。
ひとつは強い風。そしていつもの散歩のコース。
私とケイルは散歩のコースとしてバス停の前から海に行き、防波堤を歩く。
たぶんケイルとしたらいつもの道に向かったつもりだろう。
私は踵を返し来た道を戻ろうとした。
そのとき風がさらに強くなり海に向けた背中を強く押した。
私は数歩飛ばされるようによろめき完璧に方向を見失った。
風が吹いてくる方向が海なのでかぜ下に向かって歩けばいいのだが、そこには大きな段差が行く手をえぎって先に歩けない。
横に向かって歩いたがやはり障害物がさえぎる。
どこかに迷いこんでしまったみたいだ。
私は記憶を頼りに自分のいる位置を考えた。
しかしどうもわからない。記憶までも風が飛ばしてしまったようだ。

顔を下げて風に向かうが足が1歩も動かない。
ケイルもふらつきながらふんばっているみたいだ。
そしてあまりにも強い風のため息が思うようにできない。
空気が肺に入っていかないのだ。
風を背中に受けて息を整える。
呼吸が落ち着き、風と風の間の隙間に歩く。
風が強くなり立ち止まり、背中を向けてやり過ごす。
それを何度か繰り返す。
もう自分が歩いている方向が正しいのか間違いなのかまったくわからない。
ただ歩いているだけだった。歩いていれば誰かいるかも知れない。
知っている場所に出られるかも知れない。ただそれだけを思い歩いた。

やがて車のドアーの締まる音が聞こえた。そして人の気配。
しめた!誰かいる!
「ここはどこですか」
私の質問に
「ホテルに入るのですか?」
と聞き返してきた。私は
「ここはプリンスホテルの入り口か?」とさらに聞き返すと、その通りだと答えた。
やった!自分のいる場所がわかった。プリンスホテルの駐車場に迷いこんだのだった。
後は記憶の通り行けばよい。
私とケイルはまた歩き出した。強い風を左から受けながら歩いた。ホテルの敷地を
出て右に行けば通りに出られる。
しかしそう簡単にはいかなかった。
やはり強い風のために方向が変わったのだろう。
自分では真っ直ぐに歩いていたつもりだったが、風に押されて
曲がってしまったのだろう。またしても迷ってしまった。
何度かあっちに行ったり、こっちに行ったりしているうちに、少し風が弱まった。
どこかの通りに出たのだろう。
この道がどこなのか?どこに向かっているかわからないがとりあえず歩いた。
弱くなったといっても絶えず右から強い風が吹いてくる。
風の向きから考えても、最初歩こうとした商店街の通りから1本海側に平行して通っている道だと思う。
しかし間違いないという確証は得られない。
しばらく歩くとケイルが止まった。
もしも予想とおりの道であれば、ここは親戚の家のところ。
左に曲がって右から冷蔵庫の機会の音が聞こえれば間違いない。
冷蔵庫といっても魚を入れるための、人間が入れるくらいの大きな冷蔵庫。
しかし機会の音は聞こえない。やはり風が邪魔しているのか、場所が違うのか。
シャッターが締まっていれば聞こえないだろう。
また大きな通りに出た。
右に行くか左に行くか?
予想が当たっていれば私の家は左。ケイルは左に行きたいようだ。
「ケイル、ハウス」と言うとケイルは左に向かって歩き出した。
しばらく行くと「やっちゃんいつ帰ってきたの?」という聞き覚えのある女性の声。
地獄に仏とはこのことだ。
挨拶もそこそこ今いる場所を聞いた。
やはりケイルはただしかった。いつもの散歩の道。実家に向かっていたのだ。
私とケイルは自身満万に歩き出した。
恐怖心も不安な心も今はない。風も追い風になっていて軽やかに歩く。
商店街を足早に歩く。
すぐに家についた。

「ケイル!風の中を頑張ったよね!」
ケイルを褒めてあげるといつもより尻尾を多く振って喜んでいた。





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