暗黒星雲

石炭袋(せきたんぶくろ)と、暗黒星雲


天の川中の暗黒星雲の呼称。
南十字星近くのものが一番有名だが、北十字近くのものも呼ぶことがある。
暗黒星雲とは星間物質の集合体で、後方の光を遮へいするために暗くみえる。
星間物質が収縮すると星が誕生する
。プレアデス(→すばる)周辺の青白いガス雲やバラ星雲がその例である。
一般に銀河(小宇宙)の赤道面に集中して現れるため、天の川(銀河系を真横から眺めた姿)の中央部分が多く存在する。
銀河の中心方向である射手座方向の天の川は、特に複雑で、実際よりはるかに少ない光しか我々には届いていない。
この姿は、おとめ座ソンブレロ星雲(M{メシエ}104)や、かみのけ座NGC4565星雲の暗黒帯によく見ることができる。
石炭袋が暗黒星雲だと一般に知られたのはそう古いことではなく、かつては空の穴だと考えられていた。

 賢治はトルコ石(→タキス)やばら輝石のネット(網状黒帯)を使って、しばしば空の裂け目(→異空間)のたとえとしたように、石炭袋を、天の川にあいた穴として取り扱った。
実際彼が接したと思われる『肉眼に見える星の研究』(吉田源治郎、1922)では、「裂け目」や「『見える宇宙』そのものを貫いて、『星々の彼方の暗黒』を覗く」といった表現と、「全く光を放たない天体が、輝星の集団を蔽ふている・・・と云はれています」が混乱して使われている。
『星』(一戸直蔵、1910)では「黒く見えるのは対照の為で銀河の穴に過ぎない。
其中には肉眼で見える星の数は一二であるが望遠鏡的のものは可なりにある」とあって暗黒星雲には全くふれていない。
アレニウスの『最近の宇宙観』(一戸訳、1921)でさえ「穴」と表現し、暗黒星雲説を紹介しているにすぎない。
星間物質そのものの存在の確認は1904年ハルトマンによってなされた。

 童[銀河鉄道の夜]の中では

「天の川の一とこに大きなまうくらな孔がどぼんとあいているのです。
その底がどれほど深いかその奥に何があるかいくら眼をこすってのぞいてもなんにも見えずたゞ眼がしんしんと痛むのでした。」

と描写されている。
賢治は南北両石炭袋を、異次元世界に通ずる穴(孔)、すなわち冥界と現世を結ぶ通路として作品を構成したことになる。

原子朗 宮澤賢治語彙辞典より





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